FTSNの設立

2003年末、初代事務局長内田陽子が個人的にフェアトレードラベルジャパン(以下FLJ)のミーティングに数回参加。そこで当時スタッフであった北澤肯氏とともに、現在の日本のフェアトレード業界の閉塞した状況について話し合う機会があり、欧米のようなフェアトレードのネットワークが存在しないことに一つの要因があるのではないかという話をする。


しかし、日本ではそれぞれの団体ごとに強い理念を掲げて運営しており、横のつながりは希薄で、ネットワーキングを呼びかけうる団体も見当たらなかった。また、当時はフェアトレードラベルに関する批判的な意見が多く聞かれた。そのため、FLJが母体となることは状況的に相応しくないように思い、立場的に中立であり、フットワークも軽い学生がその役割を担うのはどうかというアイデアが持ち上がる。


そのような経緯から、東京でフェアトレードに関心があり、FLJにコンタクトを求めてきた学生や、フェアトレード団体のイベントに参加している学生に個別に声をかけ、2003年12月26日に、FLJの母体であったフェアトレード団体「わかちあいプロジェクト」の一室にて第1回ミーティングが行われた。


集った学生達は、当時の日本のフェアトレード業界においてネットワークが存在しないことに関しての問題意識を共有しており、それぞれの団体が孤立した形で進んでいる現状に閉塞感を感じていた。また、フェアトレードの定義を共有しないままであるため、フェアの基準が怪しい「フェアトレード」が現れた際にどう対応していくのか、という危惧も持っていた。そのため、学生として何らかのアクションを起こしていくことに関しての意欲は十分であった。なお当時は、この学生の間でも、フェアトレードラベルに関して慎重的な意見が多かったため、FLJから独立し、ネットワークとしての自由な立場を確立するべく、中立のスタンスを維持することを第1回目ミーティングで決定した。

この後まもなくの2004年2月には、アメリカの学生が主体であるフェアトレードのネットワーク-USFTの全米合宿に、集った学生の中から二名が代表として参加した。 3泊4日のこの合宿とUSFTというネットワークの存在は、FTSNの設立に大きな影響を与えた。 


その後、 2004年5月までは月1回のペースで集い、日本のフェアトレードの現状に関しての発表などを行いながら、あるべき方向性を模索していった。

しかし、学生であるということの立場上、フェアトレード団体のネットワーキングにはおのずと困難があった。学生として、フェアトレード運動を行っている学生のネットワーキングを行っていくのか、設立の動機である団体のネットワーキングを行うのかという二つの方向性の、どちらに重点を置くべきかについて、はっきりした方針は定まらないままであった。


その現状を打開すべく、2004年5月には、フェアトレード団体約20団体に、ネットワーキングについてどういう考えを持っているか、また学生に何を求めるかについてのアンケートを行った。
この結果から、半数以上の団体が何らかのネットワークの必要性を感じているにも関わらず、資金・人材不足などの課題があり、現地との関係強化・援助などが最優先課題であるため、国内のネットワーキングについての優先順位が低いことがわかった。また学生に対しては、その自由さとフットワークの軽さから、情報収集・発信や、多様な団体が関わるイベントなどの開催など、大きな期待をかけられていることもわかった。


この結果を受けFTSNとして初めに行った活動は、フェアトレード団体でインターンやボランティアを行いたい学生と人材を必要としているフェアトレード団体のマッチングを目的としたメールマガジンの発行であった。現在 (2007年11月)までに54部を発行し、 全国約300人がメールマガジンに登録している。

地域を越えたネットワークへ

活動を継続させて行くための同じ軸を持った学生とつながることによって、底力のある活動になっていくのではないだろうか、地域に根付いた活動と出会うことによって新しいアイディアが生まれ、発展していくのではないかと考える。


フェアトレードは途上国の問題がテーマではあるが、地産地消などの国内の問題とは無関係ではない。全国の学生が集う「フェアトレード学生サミット」を行うことで、それぞれの地域のつながりを大切にし、地域を越えた活動・情報共有・サポートを行っている。